2021.04.27
弁護士 大武英司
依頼会社が従業員を懲戒解雇したところ、解雇無効による地位確認と遡及賃金を求める労働審判を申し立てられました。
本件は、従業員の大多数を女性が占める依頼会社に対し、数少ない男性従業員の1人が解雇無効を主張してきたものでした。依頼会社としては、女性従業員の多くからこの男性従業員によるセクハラ被害の申告を受けていたことから、最終的処分として懲戒解雇を選択したものでした。
労働審判期日において、依頼会社は断固として戦うつもりであり、解決金名目であっても一切の金員を支払うつもりはありませんでした。そのような期待を受けて当事務所が代理人として出頭しましたが、セクハラ被害の立証等も奏功して、依頼会社の希望どおり一切の金員を支払うことのない内容で調停が成立しました。
本件は解雇の手続きとして果たして必要十分な履践がなされたか否かは争いのあるところでしたが、セクハラ被害が相当数存在しており、その被害に関する膨大な陳述書を期日において提出いたしました。
労働審判は調停が成立せず、審判となった場合、その審判内容に異議を申し立てれば通常訴訟に移行します。多くの女性従業員から得られた陳述書はその1つ1つが仮に証拠力の小さいものであったとしても、数が増えると共通の事実関係が浮き彫りになるうえ、万一通常訴訟に移行した際にはその従業員の多くは証人として出頭することも辞さない覚悟であることを相手方に伝えたところ、それがゼロ和解に繋がるきっかけとなりました。
本件のように、懲戒解雇は労働審判や労働訴訟に発展するリスクを常にはらんでおり、使用者側は相当額の賃金を支払う対応を迫られることが非常に多いです。更に、労働審判のうちに解決をみることができればともかく、労働訴訟に発展すると、賃金を基礎とした請求金額に対して加算される遅延損害金や付加金が予想以上に膨れ上がる危険性もあり、その対応は非常に重要となります。
そのようなリスクも考慮に入れつつ、それでも使用者側として毅然と相手方に対峙しなければならない点が、労働案件における難しさでもあり興味深さでもあります。
本件においても解雇無効になるリスクは決して低いものではありませんでしたが、審判から通常訴訟に移行した場合に出頭が予定される被害女性従業員が多数存在したという事情が審判で決着させる最大の要因となった事案でした。
労働紛争に発展するような場合において、懲戒解雇が有効であるという結論になることはなかなかないのですが、本件は一切の金銭出捐を伴わない解決となり、事実上、懲戒解雇無効の主張を完全に退けることができた点が非常に有意義でした。
弁護士 大武英司
ホテル業を経営しているA法人は、金融機関からの借入に対する月々の返済に追われ、非常に厳しいキャッシュフローに悩まされていました。A法人はもともとレンタカー業も営んでいたものの不採算部門であったことから同事業を譲渡し経営のスリム化を図りました。しかしながら、キャッシュフローを好転させるまでには至りませんでした。
A法人の代表者は、ホテル業の経営から離れることを望んでおらず、自らの経営権を維持しつつ会社を再建させたいとの思いが強くありました。そこで、当事務所にご相談に来られましたが、その時点でキャッシュは非常に逼迫した状況にありました。
なお、A法人の財産としては、ホテルの土地・建物ぐらいであり、他にめぼしい財産はありませんでした。
A法人の代表者の経営権を維持するためには、株式譲渡を伴う手続きによることはできず、私的整理によるか、自力再建型の民事再生手続による方法が考えられました。もっとも、借入先である金融機関が多数に及んでいたこと、金融機関からの借入が多かったものの負債総額に対するその割合は半分ほどであり、残りの半分が一般債権者であったことから、民事再生手続によって債務を圧縮しなければ、キャッシュフローの改善はとても見込める状況にありませんでした。
もっとも、手元資金が枯渇している状況下では民事再生手続の遂行は困難を極めます。そこで、代表者が有しているA法人の株式を担保に供したうえで、代表者の知人からキャッシュを借り入れることによるキャッシュの捻出を図りました。本来であれば、この借入は再生債権として処理されるところ、最終的にはこれを共益債権とすることの許可を裁判所から得てキャッシュを捻出することができました。
本件では金融機関との交渉、水道局(市町村)との交渉が特に難航を極めました。
A社の所有するホテルには目一杯に担保が設定されており、金融機関は担保権実行も辞さない意向を当初より有しておりました。しかしながら、再生計画を策定するにあたっては、別除権協定を締結することが必要であり、金融機関の協力は必要不可欠でした。
そのため、粘り強く交渉をしておりましたが、そんな矢先に、今度は水道局から水道料金の長期未納を理由とする滞納処分でホテルの建物そのものが差し押さえられるという事態となりました。民事再生手続は事業継続を前提とする手続ですが、この滞納処分を無視すれば、ホテルへの水道供給も停止されかねない状況でした。
そこで、金融機関と別除権協定を締結する方針を思い切って変更し、水道局に対する支払いだけ行ったうえで速やかに差押解除を求め、ホテルそのものを売却することとしました。すなわち、A社は売却先から建物を賃借することで事業継続を図る途を探ることにしました。
この方針は、あくまでA社がホテルとして賃借することを認める売却先を見つけなければ成り立たないものでしたが、無事そのような条件を満たす売却先を見つけることができました。当初より別除権協定に反対していた金融機関からも、この方針変更については理解を示されるに至り、建物(ホテル)の売却代金をもって金融機関に一部弁済することとしました。
結果として、A社が提出した再生計画案は、95%を優に超える債権者の賛成を得た上で、無事認可決定を得ることができました。
現在は、資金繰りが順調に推移しているだけでなく、キャッシュの借入先に担保提供していた株式も取り戻すことができ、経営権を維持したままの事業継続が可能となりました。
法人の民事再生手続・会社更生手続を行った経験のある弁護士は比較的少ないのではないでしょうか。当事務所ではホテルの民事再生手続を受任し、無事再生計画の認可決定を得ることができました。
法人の民事再生手続は事業の継続を前提とする手続ゆえに、そのポイントは、一にも二にも資金繰りの検討です。また、公租公課債権者や別除権者との交渉、スポンサーの選定・獲得等も手続成功にとって重要な要素になります。
本件は、依頼会社の代表者が自らの経営権を保持したまま自主再建をしたいとの強い希望を持たれていたことから、スポンサーを前提としない自主再建型の民事再生手続を申請しました。しかしながら、手続当初からキャッシュが乏しく、前途多難でした。更には、ホテルそのものが公租公課の滞納処分を受けることになり、その解除をめぐる交渉や、事業継続のための協力を求める交渉に日々奔走いたしました。
結果的には、資金繰りが底をつきるリスクを回避し、無事再生計画の認可決定を得たことにより、債務が大幅に圧縮され、再建を図ることができました。
2021.04.19
弁護士 茂木佑介
本件は、被告人が、駐車場敷地内に駐車中の軽トラック(以下「本件軽トラック」といいます。)の無施錠の運転席ドアを開け、同車助手席においてあった発泡酒1箱(以下「本件被害品」といいます。)を窃取した事件です。
被告人は、一貫して窃盗行ったことを認めていましたが、本件には以下の問題点が認められました。
本件軽トラックと本件被害品はいずれも警察官が準備したものでした(以下「本件捜査」といいます。)。
そのため、本件捜査がいわゆる「おとり捜査」、または「おとり捜査」に準ずる捜査に該当するのではないかという問題がありました。
従前より、近隣で同種の車上荒らし事例が報告されておりました。そして、所轄の警察署がこれらの車上荒らしの捜査を進めていたところ、深夜に近隣を徘徊していた被告人が疑わしい人物として浮上していました。
そのような背景がある中で、同警察署は、本件軽トラックを借り受け、本件被害品を本件軽トラック内に配置していました。
おとり捜査は、「捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する」捜査手法であり、①「直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において」、②「通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に」、③「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象に」行われる場合に限り「刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容される」とされています。
この点、①「直接の被害者がいない薬物犯罪等」は、一般に、密行的に行われ、捜査の端緒がつかみにくいという意味で、おとり捜査の「必要性」を根拠づける事情であると同時に、この種の犯罪については国家がそれを惹起したとしても個人に被害を生ぜしめるおそれがないという意味で、その「相当性」を根拠づける事情です。他方、②「通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合」とは、おとり捜査の補充性に関する判示として理解されています(宇藤崇・松田岳斗・堀江慎司・刑事訴訟法167頁参照)。そうであるとすれば、①「直接の被害者がいない薬物犯罪等」以外の被害者がいる犯罪においては、そもそもおとり捜査の「必要性」や「相当性」が限りなく低く、本来、おとり捜査は認められるべきではありません。
仮におとり捜査が認められる場合があるとしても、②「通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である」か否かは、①「直接の被害者がいない薬物犯罪等」に比して厳格に判断されるべきものであり、③「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象」としている場合であったとしても、捜査の困難性を理由に安易におとり捜査を許容すべきではありません。
そして、おとり捜査の実質的な問題性が、ⓐ国家が犯罪を創り出し、被害またはその危険を発生させること、または、ⓑ捜査の公正さを侵害することに求められる点に鑑みれば、前述の①乃至③に関する事情のみならず、ⓐ及びⓑの観点も併せた総合的観点から、おとり捜査の許否について検討すべきものです。
裁判所は、従前の捜査の経過や、当日の捜査経過及び現行犯逮捕に至る一切の事実を踏まえ、当該警察官らは、本件当日、被告人を車上狙いの現行犯で検挙する目的のもの、本件軽トラックを無人勝無施錠の状態で駐車し、その助手席上に本件被害品が放置された状況を作出した上で、被告人がこれに対して車上狙いの実行に出るのを待ち設けていたものと推認することができると判断しました。
その上で、このように「捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、捜査対象者が自己等に対する犯罪を実行しやすい状況を秘密裏に作出した上で、同対象者がこれに対して犯罪の実行にでたところで現行犯逮捕等により検挙する捜査手法」を「なりすまし捜査」と定義しました。
おとり捜査となりすまし捜査は、おとり捜査が相手方に対する犯罪実行の働き掛けを要素とするのに対し、なりすまし捜査ではそのような働きかけが要素となっていませんが、裁判所は、「これらの両捜査手法は、本来犯罪を抑止すべき立場にある国家が犯罪を誘発しているとの側面があり、その捜査活動により捜査の構成が害される本質的な性格は共通している」ものとして、おとり捜査に関する前掲判例の要件に沿って本件捜査の違法性を検討し、結果として本件捜査は違法である旨判断しました。
その結果、本件において提出された各証拠が、いわゆる違法収集証拠排除法則に沿って証拠能力が認められませんでした。
本件では、被告の自白こそありましたが、それを補強すべき証拠がない為、刑事訴訟法319条2項によって被告人を有罪とすることはできず、被告人は無罪であると判断されました。