弁護士 大武英司
依頼会社が従業員を懲戒解雇したところ、解雇無効による地位確認と遡及賃金を求める労働審判を申し立てられました。
本件は、従業員の大多数を女性が占める依頼会社に対し、数少ない男性従業員の1人が解雇無効を主張してきたものでした。依頼会社としては、女性従業員の多くからこの男性従業員によるセクハラ被害の申告を受けていたことから、最終的処分として懲戒解雇を選択したものでした。
労働審判期日において、依頼会社は断固として戦うつもりであり、解決金名目であっても一切の金員を支払うつもりはありませんでした。そのような期待を受けて当事務所が代理人として出頭しましたが、セクハラ被害の立証等も奏功して、依頼会社の希望どおり一切の金員を支払うことのない内容で調停が成立しました。
本件は解雇の手続きとして果たして必要十分な履践がなされたか否かは争いのあるところでしたが、セクハラ被害が相当数存在しており、その被害に関する膨大な陳述書を期日において提出いたしました。
労働審判は調停が成立せず、審判となった場合、その審判内容に異議を申し立てれば通常訴訟に移行します。多くの女性従業員から得られた陳述書はその1つ1つが仮に証拠力の小さいものであったとしても、数が増えると共通の事実関係が浮き彫りになるうえ、万一通常訴訟に移行した際にはその従業員の多くは証人として出頭することも辞さない覚悟であることを相手方に伝えたところ、それがゼロ和解に繋がるきっかけとなりました。
本件のように、懲戒解雇は労働審判や労働訴訟に発展するリスクを常にはらんでおり、使用者側は相当額の賃金を支払う対応を迫られることが非常に多いです。更に、労働審判のうちに解決をみることができればともかく、労働訴訟に発展すると、賃金を基礎とした請求金額に対して加算される遅延損害金や付加金が予想以上に膨れ上がる危険性もあり、その対応は非常に重要となります。
そのようなリスクも考慮に入れつつ、それでも使用者側として毅然と相手方に対峙しなければならない点が、労働案件における難しさでもあり興味深さでもあります。
本件においても解雇無効になるリスクは決して低いものではありませんでしたが、審判から通常訴訟に移行した場合に出頭が予定される被害女性従業員が多数存在したという事情が審判で決着させる最大の要因となった事案でした。
労働紛争に発展するような場合において、懲戒解雇が有効であるという結論になることはなかなかないのですが、本件は一切の金銭出捐を伴わない解決となり、事実上、懲戒解雇無効の主張を完全に退けることができた点が非常に有意義でした。