弁護士 林田芳弘
言語聴覚士を目指していた20歳の専門学校生が交通事故に遭い、①肘の神経症状(14級9号)、②右膝関節機能障害(12級7号)、③外貌醜状(12級14号)、④歯牙破折(12級3号)の後遺障害が残存した事件
1.専門学校生の基礎収入額を男性大卒平均賃金センサスで認定。
2.右膝可動域制限、歯牙破折等で労働能力喪失率20%を獲得。
3.その他
(1)問題点
後遺障害逸失利益を算定する場合に、会社員などと異なり学生などの基礎となる収入が算定できない方に関しては、厚生労働省が行っている統計調査「賃金センサス」を根拠に基礎収入額を算出します。
「賃金センサス」は、学歴、年齢、性別など様々な条件の下で金額に「差」があるため、原告の基礎収入額が問題となりました。
(2)裁判例等の状況
学生などについては、多くの裁判例は賃金センサス「産業計、企業規模計、学齢計、男女別全年齢平均賃金額」を基礎としています(「民事交通事故訴訟「損害賠償算定基準」」)。類似の裁判例としては、専修学校の男性に対して「賃金センサス男性学歴計全年齢平均526万7000円を基礎収入額」と認定したものがあります(千葉地裁平成26年3月13日自保ジャーナル1926・153)。
(3)他の裁判例との「差」について
今回、専門学校生であった原告の基礎収入額について「賃金センサス男性大卒平均賃金662万6100円を基礎収入額」として認定されました。
多くの裁判例において450万円から500万円前後の認定がされる中で「賃金センサス大卒平均662万6100円」の判断がされたことが自保ジャーナル掲載の理由なのではないかと考えています。
原告の基礎収入額662万6100円との判断がなされた立証上のポイントは、専門学校における高度な専門性の知識や技術内容、卒業後の大学院進学への可能性、卒業後の収入の水準などの立証を行ったことにあります。
(1)問題点
右肘神経症状、右膝可動域制限、外貌醜状、歯牙欠損に伴い人工歯に入れ替えたことにより業務にどれだけの影響があると言えるかが問題となります。
(2)裁判例などの状況
外貌醜状、歯牙欠損後の人工歯に入れ替えたことなどについて労働能力との関係がないものとして逸失利益を認めない裁判例が多い印象です。類似する裁判例においては、後遺障害等級併合11級が認定されていたとしても14%と判断しているものがあります(左膝可動域、外貌醜状の併合11級後遺障害を残す女子大生の労働能力喪失率については14%の喪失率で認定(福岡高裁令和元年11月19日自保ジャーナル2062))。
(3)他の裁判例との「差」
今回、右膝可動域、右肘神経症状、外貌醜状、歯牙欠損につき労働能力喪失率20%と判断されました。私が様々なデータベース・書籍をリサーチした範囲では、人工歯に入れ替えたことと言語聴覚士の業務との関係を示した裁判例はありませんでした。
最大のポイントとしては、「歯牙欠損」と労働能力との関係について言語聴覚士のリハビリ内容を言語聴覚士の専門書などから抽出し発音、発語に対する不都合性を深堀し明らかにしたことです。
尋問上の戦略の一部をご紹介します。原告は、通常の会話をしても、「聞き取れない」という不都合はそこまで感じませんでした。少し舌足らずのような印象を受けるくらいの状態でした。しかしながら、言語聴覚士にとっては致命的なものといえ、それを尋問で明らかにしなければなりませんでした。
そこで、言語聴覚士のリハビリの一種である「言語聴覚士の発音を患者さんに真似てもらいオウム返しをしていただくリハビリ」を題材に、「「ぬ」と発音しても「う」と聞こえてしまい、患者さんが誤って発語してしまいます」という回答を「「ぬ」、アルファベットで「NU」と発音しても「う」「アルファベット「U」と聞こえてしまい、患者さんが誤って発語してします」という回答をしていただき、単音の発音に影響があるということを明確にする尋問を行いました。
実際の判決内容において、「・・・言語聴覚士業務に支障が生じていること、また、歯牙欠損の治療として人工歯に入れ替えたことにより、単語の正確な発音が困難となり、言語障害を抱えた者に対するリハビリ業務に支障が生じていることが認められる。・・・」として労働能力喪失率20%(鹿児島地裁平成30年(ワ)第363、平成31年(ワ)第35号引用)との判断がされました。
その他、原則として認められない将来の治療費、ヘルメットのあご紐をつけていない場合の過失減額を否定など、様々な点で過去の裁判例との比較で有益な結論を導き出すことに成功しています。詳細は、自保ジャーナル2082号をご確認下さい。